平成25年7月8日、講師 赤平センター長(東京都地域生活定着支援センター)の府中刑務所における「福祉講話」の授業(障がいを持つ受刑者対象)を聴講させて頂きました。出所で空いた一席を新しい受講生が埋め、本日は病欠一名のため受講生は19名です。講義内容については、こちらもチェック
受講生のプロフィール
20代1名、30代4名、40代9名、50代3名、60代2名で、手帳のある人は5名(身体1、療育2、精神2名)、出所は一番早い人でこの7月、一番遅い人で平成28年です。
前回の復習
スクリーンには、この画像が出て、講師は、英単語の方をできる人に読ませます。片仮名表記がないのに、ばっちり発音しています。
「前回はこういう話をしたよね、そしてみんなに質問を三つ出して、書いてもらいました」
質問三つと回答いろいろ
Q1. あなたには尊敬(そんけい)できる人がいますか?それは誰ですか?
・お母さん、お父さん、兄姉、姪
・お世話になった施設の先生、赤平先生
・島倉千代子
・織田信長、みのもんた、(加えて、自分自身とも書いたが、二重線で消した人は、あのZさん)
・(いるが)今は思い浮かばない
・いない
Q2. 出所後、やってみたいことはどんなことですか?
・仕事(今までやっていた仕事や、関連した仕事、新しい仕事)
・ボランティア活動、社会貢献、世界をよくすること
・色々なところへ行ってみたい、おいしいものを食べてみたい
・家族と過ごしたい
・ない、わからない、考えたことがない
Q3. 10万円あったら、何に使いますか?
・生活のために使う
・楽しいことのために使う
・母のため、家族のために使う
・貯金する
「私の尊敬する人:母と父、そして島倉千代子」
窃盗で受刑中の▼▲さん(56歳)が、講師に促され、前へ出てスピーチします。講師は、既に彼との面接をしており、話に感銘したそうです。人に伝えるという事を大切にしてほしいとみんなに話します。
父母には認知症があります。あるとき、地域の公民館で、島倉千代子さんの、コンサートが開かれ、母と行きました。母は島倉千代子が大好きです。
私たちは最前列に座りました。普通はステージから降りてこないという島倉千代子さんが ―目が悪いので― その時には降りてきました。そして、母の手をぎゅっと握り、涙を流しました。
そして私に言いました。「お母さん、大事にしてね」
私は、ここ(刑務所)へ来てしまいましたが、いつも人の力があってやってこれた。ここを出たら、自分のできることをしっかりやっていきたいと思います。
スピーチの途中、彼は、湧き出た涙で声が詰まりました。そうでしょう、聞いている方ももらい泣きです。それにしても、気負わない、すばらしいスピーチでした。
生きるために必要な力とは
「はい、これはどんな力だと思う?」という講師の問いに、
「一人では生きていけないので、助け合って仕事をすること」
「わかんない」
「お金をもらえないと食べてもいけない」
「仕事をしないと生きていけない」
「精一杯の努力」
「努力ってどういうこと?」という問いに「がんばること」と誰かが答えます。
「なぜがんばる?」という問いに「食べるため、家族のため、誰かのため」と続きます。
「こうやって、一生懸命ノートをとってくれている◇◇さん、にこにこしている○●さん、話さなくても、色々書いて伝えてくれる●▲さん、講師の私にとって励みになっている」
前進する力:できないことをエネルギーに変える
「刑務所にいることは、仕方ないとみんな思うかな?でもその後には、前に進むしかないよね。」「もうすぐ出ていく◎○さん、今、仕方ないって思わないでしょ?次回の講話には、もう◎○さん、いないね」
最後に今日の質問二つ
Q1. 人生の中で、幸せを感じたのはどんな時?
Q2. わかってもらえず、苦しかったのはどんな時?
アンケート用紙が皆に行きわたり、みんなじっくり時間をかけて、書き込んでいました。回収されたアンケートを、筆者も見せてもらいました。刑務所にいない人たち、障がい・高齢者でない人たちでもおそらく一度は共感を覚えるであろう回答は、
幸せを感じた時:「何もしないでボーっとしているとき」「寝ているとき」
苦しかった時:「真意をわかってもらえない」「この先どうなるかわからない」
2週間後の次の講話で、この質問に対するスピーチをやってしまうのでしょうか。残念でたまりませんね。できれば、スピーチは次の参観予定の8月5日まで延ばしてほしいです。
共通点 vs. 相違点
以前、赤平センター長の講演を聞いたとき、「彼らと私たちと何が違うのではなく、何が同じなのかに思いを巡らせようじゃないか」という事を言われていました。自分も家族も幸せでありたいし、苦しむより楽しみたいし、世の中の人の役に立ちたい。生活に困窮して、判断力に欠いて、誰かに助けを求めるすべを知らずに刑務所に入っている人たちが、こうあってほしいと望むことと、彼らよりは、程度の差はあれ、生育環境に恵まれていて、一般社会で生きてこられた私たちがこうあってほしいと望むことに、天地の隔たりはないと思われる。
だったら何なの?と聞かれると難しいので、今日はハワード・サーマン(アフリカ系アメリカ人の作家、哲学者、神学者、教育者、市民権運動の指導者)の名言を引用して締めます。
"世界が何を必要としているかを考えるのではなく、自分を生き生きさせることを考え、実行しなさい。世界が必要としているのは、生き生きしている人たちだから。"
ハワード・サーマン
次の参観は8月5日(月)の予定です。