2016年3月7日府中刑務所 社会福祉講話
今回は9名が受講されています。30歳代2名、50歳代3名、60歳代4名、うち4名の受講生が療育手帳をお持ちです。
講師はいつものように、一人ひとりに声をかけて挨拶をします。
Dさん「元気です!!」
Cさん「足が・・・かなり駄目です」
Hさん「風邪なもんで・・・」
Gさん「変わりないです」
Iさん「先生、寂しくなりますね」
-そうですね。年度末ですから-
・・・今回からAさんが新しくメンバーに加わりました。
Aさん「・・・」
-緊張しないで、リラックスして自分の気持ちを言ってもらって構わないですから-
・・・講師はAさんに優しく声をかけます。
-初めて参加してくださったAさんに、ご挨拶をしなければいけないですね。私の名前は・・・-
Cさん「赤平先生」
-ではCさんに、ホワイトボードに書いてもらおうかな-
赤平先生
・・・Cさんはホワイトボードに講師の名前を漢字で書きます。
Gさん「字が小さいよ」
・・・受講生たちはCさんが丁寧に書いている様子を見守ります。
-書いてくれてありがとう。Aさん読んでもらえますか?-
Aさん「あかひらまもるせんせい」
-そうです。赤平といいます。よろしくお願いします。ではCさん、せっかく書いてくれたけど消しますね-
2016年3月7日
-7日といえば、消防の日らしいですね。他に何の日か、わかる人いますか?-
「わかんない」
-語呂合わせで考えて・・・-
「あ、ひな祭り!」
「3日だから、もう過ぎてるじゃん」
・・・受講生たちが笑います。
-皆さんは好きじゃないかと思いますよ。3(サン)と7(ナナ)で語呂合わせでいくと・・・-
「サウナ!」
-そう、サウナの日だそうです-
「あ~なるほどね」
「温泉大好きです」
振り返り
-では、今日はまず、前回の振り返りをしてみたいと思います。何を話したか覚えていますか?-
「振り返りです」
・・・Cさんが返答します。
-"振り返り"について話したのではなくて、前回のこの時間でどんな話をしたのかを振り返るという意味です-
「何だっけな~」
「10%消費税?」
「そうそう」
「蟻のはなし」
「あ、そうだ」
蟻
-どんな話だったか覚えてますか?-
「働く蟻がいて・・・」
・・・Hさんが思い出しながら言葉にしています。
-そう。"2・6・2"って言って、懸命に働く人、普通の人、怠けている人、色々いる。背の高い人、低い人、その人その人なのだという話をしました。Dさん、仕事はどうですか?-。
「楽しいです!」
・・・Dさんは元気に返答します。
-仕事は楽しいと言える人はなかなかいないと思うけど、やりがいがあるんだね-
311
-"振り返り"というと、もうすぐ3月11日ですね-
「311・・・」
「震災!」
-そうですね。震災から何年経つ?-
「5年」
「早いね」
-この時、皆さんはどこに居ましたか?-
「刑務所」
「シャバ」
・・・いろいろな答えが出ます。
-私はあの日、川崎にいました-
福島
-震災から5年が経つけど、未だに復興がきちんとできていない。
宮城県も被害が大きかったけど、ここはどこかわかる?-
「どこだ?」
「福島第一原発」
-ずっと影響が残っているのがここ。宮城は仮設住宅を立て直して生活を始めている人たちがいる。でもここ、福島の人は皆町から出ていった。放射能で汚染されて人が住めないですから。この原発の近くに浪江町という町があって、町民2万人以上が家に戻れない。今、浪江町の人口は0人です。そして今はどんな状態になっているか?-
イノシシ
「何だ?」
-イノシシですよ-
「うわぁ」
-町に人間がいないから、町の中、家の中、イノシシなどの野生動物が好き放題。食べ物も食い尽くされてしまった。この町に住んでいた人たちはそれぞれ新しい場所で暮らしている。本当の意味で復興することは大変なこと。知らない場所に行って、生活を始めるというのはきついよね-
・・・受講生は黙って思い思いに聞いています。
気になるニュース
-さて皆さん、最近の気になるニュースは何かありましたか?-
「オリンピックの聖火台」
-そうでしたね。設計の段階で聖火台を置くことを想定していなかったとか・・・聖火台を置く場所がないことに今になって気づいたというニュースがありましたね-
「なでしこジャパンが駄目だった!」
「卓球!」
-卓球は頑張って勝ち上がっていましたね-
最高裁判決
-皆さんは地裁でしたでしょうか。最高裁ってどんなところ?-
「僕わかんない、行ったことない」
「知ってますよ」
「最高のところ」
-地方裁判所があって、その次が高等裁判所。そしてその次が最高裁判所。ここで決まったことは覆らない。-
JR東海
-皆さん知っていますか?JR東海の事故。-
「あ~、ボタンを押しちゃったやつ?」
JR東海の事故裁判所
-ではCさん読んでもらえるかな-
・・・Cさんがゆっくりと音読します。
-JR側が自分たちが被害者だと主張。男性がはねられてしまったことで、電車が止まり、お客様に迷惑をかけたから損害賠償を求めたという事件-
Gさん「あ~なるほどね」
Cさん「見てたけど、だから、その、要介護1の認定で・・・」
-男性は死んでいるんですよ、亡くなった人に責任負わせるの?-
Hさん「だって、迷惑かけたんだから」
Hさん「事故で遅れたから、720万は当然だと思いますね」
Cさん「何で?意味わかんない」
Hさん「死んでしまったけど。いくら認知症でも、責任はあるから払うべき。720万は少ないよ。」
-1億って言われたら?-
Hさん「払いますよ」
Hさん「社会に迷惑がかかってるからですね。判決は納得いかない」
-介護をするって大変なことですよ。介護してもらう人、それができないから介護が必要なんだから。看護も24時間つくことはできないし、 難しいですね-
時と金 time is money
-だれか読める?-
「読めません!」
-お金は・・・money(マネ-)。time(タイム)は時間。時は金なり。これってどういう意味?-
「・・・」・・・受講生は考えています。
-Hさんは先ほどまで、時とお金のことを一生懸命話してくれたのではありませんか?-
「あ、そっか・・・」・・・Hさんも考えています。
時
-1分は60秒、1時間は3,600秒、1日だと3,600秒×24時間で86,400秒、1か月、1年、・・・そして、80年生きるとしたら25億2,288万秒-
「あはは」・・・受講生たちは笑いながら驚きます。
-多いと思う?-
「多い」
「少ない」
「ピンとこない」
ビルゲイツ
-この人は誰だか知ってますか?ビルゲイツという人-
「わかった!」
「わかんないです」
ビルゲイツという人
「やっぱりそうだ!」
「コンピューターを作る会社!」
資産
-よく知っていますね。この人は今世界で一番多くの資産を持っている人です。このビルゲイツの資産は?-
「何だ?7、8、9、10・・・読めないんですけど」
-9兆5千億円-
「9兆!」
「ほーっ」
-どんなお金でしょうか。Bさんは毎日1万円使うことある?-
「ありますね」
「ありえーる、ありえーない」
-1日1万円使うと9億5000万日。何年でしょうか。計算すると260万年。-
アウストラロピテクス
-260万年って、この時代ですね-
「類人猿」
「すごいね」
-毎日、1億円ずつ使えたとしても・・・-
江戸
-260年前とすると、日本では?-
「日本はまだないんじゃない?」
-江戸時代までさかのぼらないと使いきれないお金-
「自分が電車を止めたことあるんですよ。その時、5000万、1億とられますよって言われたんです」
「騙されたんでしょ」
-皆さんにとって身近なお金ってなんですか?-
「ジャンプを買ったとしても200円だからな・・・、1000円あればまあそんなに要らないですよ」
-日本でお金をたくさんもらってる人は?-
「明石家さんまとか、タモリとか」
「あ、宅急便の人」
-今は、ユニクロの社長が一番お金を稼いでいるそうですよ-
「あ~ユニクロ」
「すごいな~」
スティーブジョブス
「あ、映画の人だ」
-知っていますか?-
アップル
-このマークは知ってる?-
「何だっけ?」
「あ~出てこない」
スマホ
「あ、スマートフォン」
-そう、iPhone。これはマッキントッシュという会社のものなんです。スティーブジョブスがこのスマホを初めて開発した人。発想が豊かであるから、こういうものがつくれる。2011年に亡くなっている人だけど何兆ものお金を稼いだ人。このスティーブジョブスの言葉を紹介します-
スティーブジョブスの言葉1
-Fさんは、前回の講話の時間で、私は死なないって言っていましたけど・・・
Fさん「はい。死にません」
-いずれは、人間は死ぬと皆思っているんですけど。ただ、誰も死なない人と会ったことがない。もしかしたらFさんは死なない人になるかもしれない-
・・・Fさんは頷きます。
-大事なことを一生懸命できる機会が3つだとして・・・。まず、だいたい子どものころに一度はあるよね。皆さんが一生懸命だったことは何でしょう?-
「野球の選手」
-いいですねぇ-
「運転手ですね」
「体操ですね」
-何か熱中するものを持つよね。仕事もそうだけど、結婚するときも一生懸命になる-
「先生は?」
-今自分のことで考えると、あと10年生きるかどうか。一生懸命やれること、あるかどうか、かな。Eさんは?-
「わからんね」
スティーブジョブスの言葉2
-さあどうでしょう。どれだけお金を持っていても、"9億持ってます"といっても、墓場に行ったら使えないですからね。天国と地獄っていいますが、どっちに行きたいでしょうか?-
「刑務所に入れば地獄でしょ。悪人だから」
「ハリセンボン這っていくんでしょ」
-それって人間がつくったものでしょ。天国はいいところだから死にましょうっていわれても、・・・-
「いやですね」
-いい仕事したなと思って寝る方が安心ですね。時間は同じように流れる。時間は取り戻せない。9兆円を持ってる人でも取り戻すことはできないものです。-
時渡辺和子
-時間の使い方は人それぞれあると思います。でも時間は同じに流れるし、だれも止められない。ここでは自分で選んで使うことは難しいけど、(刑務所を)出た時に考えて時間を使ってください。無駄使いは命の無駄使いになるかもしれない。お金で買えるものと買えないものがある。やまない雨はない、明けない朝はないと言いますね-
謝罪
「先生いつで最後ですか?」
「忙しいんですか?」
-28日ですね。この講話の時間は私の生きがいでした。皆さんのことが大好きで、皆の顔を見ると、何話そうかなって思って嬉しくて。でも次回が最後になります-
「また復活するよ」
-皆さんの3600秒使わせてもらってありがとう。聞いてくれて。少しでも何かのためになればいいと思ってます-
「わかりました!」
「楽しかったです」
<講話を終えて>
社会福祉講話は次回で最後となります。受講生から開口一番「さみしくなりますね」という発言がありました。講師の雰囲気を察したのでしょうか・・・。
全国の各刑務所において、社会復帰に向けて、社会福祉に関する講話等、様々な形で実践されていると思います。府中刑務所で継続されてきたこの講話は、知的に障害のある受講生たちが対象です。社会福祉の専門用語や法律の条文を書き並べた資料を配布して、社会福祉制度についての説明をするといったことはありません。短い言葉や画像を用いながら、そして伝えたいことはいつもシンプルです。講師は、受講生たちとの双方のやりとりのなかで、一人一人の反応、変化をみながら、力動のある時間をつくりあげています。
今回のテーマは"時は金なり"。時間は貴重であるから無駄に過ごしてはならないといった意味合いで使われ、時間の尊さを表している格言です。講師にとって、そして受講生にとって、講話1回1回が尊い時間なのだろうと感じます。Cさんが、ホワイトボードに"赤平守先生"と、講師のフルネームを一画一画手寧に書いている様子をみて、講師はどんな気持ちだったのでしょうか。