今回は、受講生よりも先に教室に入って待ちうけていたので、受講生の席が自由席だったことを知りました。分類の職員が「目の悪い人は前へ」と誘導し、それぞれが着席。受講生の希望で先週から始まった自習用のノートと鉛筆2本が希望者の4人へ配られました(ノートは自前で購入)。受講生のメンバーは前回と同一、但し1名病欠のため15名です。
はじめに
「3月に入りました」パワーポイントの画面には今日の日付。講師は「2月はなぜ28日か、3月の曜日も2月と同じなのはなぜか」と聞きますが、誰も答えられないので自問自答になっています。その答えで皆が煙に巻かれている中、講師は「月曜の朝は眠いね」と言いつつ、講義に来るまでに電車の中で起こったことを話します。
「色々あるけど、みんなの顔を見ると元気になるよ」と味わう講師。特に年配の受講生たちは、話を聞きながら本当に楽しそうに笑い、その笑顔を見ているこちらまで楽しくなってしまいます。
イントロダクション
スクリーンにはSamurai JapanとWBCのロゴが出て、対ブラジル戦、対中国戦の話に始まります。次にパワポが、ソフトバンクの北海道犬"お父さん"が「必勝!」と言っている画面に変わると、皆の視線は再びスクリーンへ。
「スポーツには審判がいるね。人間だから、どんなに公平にしていても間違えることがあるね、誤審と言います」と講師に説明されますが、反応はいまひとつ。「この中で、野球に興味ない人、いる?」と聞かれると15人中2人が挙手。
「どういうときに誤審するか知ってる?」という質問に「わざとするんですか?」と返す。今日のイントロダクションは、抽象度が高く難解です。筆者もたぶん皆と同様、今日の授業はどういう方向に行くのだろうと思案します。
今日のテーマ「手帳の話」
前回は"障害者"という言葉・概念についての講話だったそうです。手帳を持つ受講生の一人は、「心ない人がいる、差別用語だ」だから、この言葉が嫌いだと言います。さらに彼は「人は自分の見たいように見る」と発言します。あまりにも真だったので、彼の隣に座っていた筆者は、思わず彼の横顔を見ました「こんなこと言える人が、なぜ刑務所にいるのか」。
講師は、この受講生に、教卓の横のホワイトボードに"我(が)"と書いてもらいます。彼は自分の席に戻りながら「人間の本質は、エゴです」と言い切ります。
次にパソコンの画面には、「身体障害者手帳」「療育手帳―愛の手帳(東京都)」「―緑の手帳(埼玉県)」の実物が映し出されます。講師は、全国共通の身体障害者手帳と地方自治体で異なる療育手帳の違いを、受講生に区別させるため説明します。
手帳についての知識を聞かれると、列車やバスが割引だとか、自分たちの県では温泉券が出る、東京都は博物館の入場料が無料だとか多くの発言が出ます。
講師は、"割引"が"ディスカウント"を意味するのではなく、ロジカルな計算・思考による当然の結果であることを、例を出してわかりやすく説明します(筆者も初めて知りました)。
"障害"、例えば、車いすの人や目の不自由な人が、一生懸命がんばってもできないことはある、同様に勉強や授業がちんぷんかんぷんの人がいる、これは仕方がないことではあるが、「地域の中で生活する・自立する権利」はある、できることなら皆自立したいと講師は続けます。
生きにくさ~わかってもらえない
自分は普通にやっているつもりなのに、わかってもらえないのが、障害だと講師が説明すると、受講生たちから、それぞれの思いがあふれ出るように口を衝いて出ます。
「わかってもらえない、それが積み重なっていくと、もう言いたくなくなる」「僕は養護施設で保母さんからいつも変だと言われた、真心こめて言っているのに」「認めてもらえない」「人間不信になった」隣で聞いている筆者も、これらを聞いて後ろめたい気持ちです。
「これを言ったら、あとが面倒になるから」あるいは、「自分の判定で誰かの人生が決まってしまうから」「プレッシャーが大きすぎるから」という理由で「それなら言うのはやめておこう」となる傾向はあると講師がまとめます。ここで、冒頭の審判・誤審へとつながるわけですが、ではどうするか。
生き直し~福祉の活用
たとえ誤審で、道を踏み外しても、失敗を犯しても、やり直し・生き直しができる社会がいい。誰でも、いくつになっても、やり直すことはできます、それを保障するのが「福祉」だと説明します。
「だから、福祉を利用しながら生活できるように、皆さんと面接していますね。福祉を利用しながら生き直す、この中でも○○さん、□□さんとは、面接しているね、今度は△△さんともよろしくね」
地域生活・自立生活~自助、共助、公助
「さあ、◇◇さん、自立するってどういうこと?」「みんなで地域で生活して、自分も自立して、お互いに助け合うこと」この答えに講師は大喜びで、褒めまくられた◇◇さんは、恥ずかしそうに丸まっていました。
これに、他の受講生も流れるよう続けます―「人間は一人で生きてはいけない」「自ら立つ」「おかげさま、お互いさま」「我(が)はなくならないが、押さえることはできる」。
「大切なのは場所を変えるのではなく、自分自身が変わること」斉藤茂太
受講生がこれを音読すると、「そうですね、でも、そう簡単に変われないですね」と受講生の一人が発言します。
すかさず講師は、「自分で変えられる人と、変えられないで苦しんでいる人がいる。だから君たちはここにいる」と言うと場が静まります。
知りたいことが次から次へと・・・
今回、最初からうつむき加減だった◎◎さんは、講話の合間に何度も、もう待ちきれないように、質問し始めようとしていました。それもそのはず、細かい字でビッチリ埋め尽くされた自分のノートに始終目をやり、彼は質問する隙を狙っていました。
隔週水曜日と週末の決められた時間を使って、知りたいことを調べて予習し、講義で教わったことをもっと調べて勉強しているらしいと、あとで職員の方が言われていました。
話の腰を折られながらも、講師がそのノートを見せてもらうと「自立支援医療について、日本の障害者の人数について、重複障害、社会福祉法人の運営、国際障害者年、障害者の権利」などの語句が並んでいます。
講師もその熱心さに驚き、喜び、誇りに思い、そのありのままの気持ちを皆の前で表現し、褒めます。◎◎さんは、本当にうれしそう、幼子のような笑顔になります。
今から福祉を知ってほしい、その上で福祉を活用してほしい
講話は月曜の朝10時ぴったりに始まります。講義はいわゆる雑談から入りますが、昨今話題の"雑談力"でも、人間関係を構築する上で雑談は、最良の手段と言われます。計算された授業構成で、1時間の講義に中身が凝縮されています。
知りたい、表現したい、もっといい人生を送りたい、幸せになりたという万人共通の願いが、彼らの中でも活性化される時空が、この講話のエッセンスではないでしょうか。
そこで思い起こすのは、辛辣で抽象的な言葉に聞こえますが、『社会的剥奪』という言葉や、『存在の不在』という言葉です。なぜ彼らがここにいなければならないのか、もし、彼らが、もっと別の環境で育っていて誰かがどうにかしていたら、もし彼らがこれから活用できる福祉を知らずに放り出されたら、と考えてしまうのは無意味でしょうか。
まずは、今から福祉を知ってほしい、その上で福祉を活用してほしい、それが講師の願いです。府中刑務所のこの福祉講話は、正に"やり直し、生き直し"のチャンスを与えるきっかけになっているのではないでしょうか。
分類の職員のお話によると、府中刑務所には、この講話の対象者になれる可能性のある人たちは何十人といるそうです。現在16名が選ばれて受講していますが、必要としている人たちはまだ数多くいるということです。
約1年前に始まったこの取り組みは、日本全国の刑務所でも非常に画期的だそうです。どのように導入され、どのような変化を対象者にもたらせているのか、これからどう進化していくのか、2週間後に首席にお聞きする予定です。