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府中刑務所における障がい者対象「社会福祉講話」(19)

2015年12月7日府中刑務所 社会福祉講話


今回は2015年度第17回目通算88回目の講話です。9名が受講されています。30代2名、40代2名、50代が2名、60代が3名、そのうち、4名の方が療育手帳をお持ちです。


いつものように、一人ひとりを呼びかけて、出席をとるところから始まります。講師は、この時の一人ひとりの返事の大きさやそのときのちょっとした会話が進行に大きく影響すると言っています。


-今年は暖冬なのか、銀杏がやっと色づいてきました。陽気が悪いのでしょうか。-

Iさん「機嫌が悪い!?」・・・Hさんに話しかけます。

Hさん「あぁ、そっか。機嫌じゃなくて陽気だよ」・・・2人で笑っています。


-最近のニュースは?-

 Dさん「子どもが覚醒剤うたれて死んじゃった」・・・数名が頷いています。

-そう、昨日のニュースでしたね。その前も若い夫婦の事件、17歳の母親が生まれて間もない赤ちゃんをゴミ箱に放置して命を落とした事件がありました。理由は、ゲームがしたかったから、と言っているらしい。-


師走

 Gさん「師走(しわす)」・・・スライドが変わるなり文字を読みます。

-12月は師走です。-

 Cさん「しそう・・・?」

 Dさん「"しわす"か」

-いつ頃のこと?-

 Gさん「今頃でしょ」

-そう。12月ですね。あっという間に過ぎるよね。この"師"は他にどんな言葉ありますか?-

 Cさん「師匠の師」

-そうですね。他には?-

・・・皆、考えている様子。

-教師の師。先生も走るくらいせわしなく過ぎていくから師走と言われている。さて、スポーツではどんなことがあった?-

 Bさん「日馬富士優勝」

 Dさん「五郎丸」

 Cさん「北の湖が死んじゃった」

-北の湖がめちゃくちゃ強かった時代を知ってる?-

 Iさん「知ってますよ」・・・数名が同様に応えます。


羽生弓弦

-羽生弓弦選手。知ってますか?-

Dさん「フィギアスケート!」

-男子フィギアは最高得点がこれまで200点台だったのだけど、世界で初めて300点越えをしたんです。選手の活躍でフィギアスケートをする人が増えたと言われてる。ラグビーも関心を持つ人が増えたようです。他にやる人が増えたスポーツは?-

 Dさん「テニス!」

-そう。Dさん今日は冴えてるね。-


流行語大賞

-(前回、みんなで予想してみたけど)決まりましたね。大賞は何か知ってますか?-

 Dさん「知らない。本能寺の変?」

 Bさん「あったかいんだから~」

-ひとつは"トリプルスリー"。知ってる?-

 Bさん「回転するやつ」

 Cさん「知らない」・・・知っているひとは居ない様子。

 Dさん「回転して着地したときのアクセル!」

 Cさん「わかった!」

-Cさん、わかった?言ってみて-

 Cさん「(なかなか言葉が出てきません。唸りながら10秒位考えて)30本塁打、30盗塁、・・・あと何だっけな~、あ、打率3割!」

-そう。でも大賞に選ばれた言葉をみんなが知らないってことはどうなんでしょうかね。そしてもうひとつは"爆買い"-

 Bさん「爆買い!」・・・笑っています。

 Dさん「まとめ買いってことじゃない?」

-そう。主にどういう人が?-

 Iさん「中国」・・・何人かの受講生が答えます。

-中国人はお金持ちで、日本に来て、薬とか電化製品とかまとめて沢山買って、その場でスーツケースも買って、そのスーツケースに入れて帰る。-

 Bさん「お惣菜とかおかずとか」

 Dさん「違うよそれ」

 Bさん「お母さんがよくお惣菜とかおかずとかまとめ買いしてた」

-そうか。流行語大賞はお笑いの言葉から選ばれることがあったけど今年は違いましたね。去年は何でしたっけ?-

Dさん「だめよ~だめだめ」


水木しげる

 Cさん「知ってる」

 Gさん「水木しげる」

 Bさん「ゲゲゲの鬼太郎、悪魔くんも見た」

-Fさん知ってる?-

 Fさん「知ってる。」

-Eさんは?-

 Eさん「ないね」

・・・講師は黙っているFさん、Eさんにも名前を呼んで声をかけます。

-先日水木しげる先生がお亡くなりになりました。今日は妖怪が出てきます。-

 Cさん「93歳だった」

 Dさん「先生、任せてください。妖怪大好きだから!」・・・手を挙げて発言します。


ゲゲゲの鬼太郎

Dさん「塗り壁、ねずみ男、砂かけばばあ、目玉のおやじ」・・・講師がスライドを指さすと、すぐに答えていきます。


鬼太郎茶屋

-ここは知ってる?水木しげるさんは鳥取の境港で生まれたのだけれど、東京のここ府中市の隣の調布市に住んでいました。その調布市に深大寺というところがあります。そこに鬼太郎茶屋がある。-

 Bさん「行ってみたいな~」


バス

-そしてこういうバスが走ってる-

・・・「ほーっ」と皆さんから反応があります。

-水木しげるさんは沢山の妖怪を描いてきたんですね。-

 Iさん「なんか用かい?」・・・駄洒落を言います。

-日本には色々な妖怪がいます-

 Dさん「外国にもいるよ。フランケンシュタインでしょ、それに狼男とか」

-そうですね。日本の妖怪で有名なものは?-


河童

 Dさん「かっぱ!かっぱはね、水に住むからかっぱ。頭に皿が乗ってて、その皿をぬらしておくんだよ。」・・・河童の説明をしてくれます。

-かっぱという言葉を使ったことわざは知ってる?-

 Bさん「かっぱえびせん、かっぱ寿司」

-かっぱ巻きもあるね。-

 Dさん「かっぱはキュウリが好きだから」

-"かっぱの河流れ"って知ってる?-

・・・皆、知らない様子。

-かっぱが河に流されてしまう。河に住んでいて泳ぎが上手くても、油断していると失敗してしまうっていうこと。他には"へのかっぱ"って知ってるかな?-

 Bさん「へ?」

-おちゃのこさいさいってこと。他に日本の妖怪といえば?-

 Dさん「ろくろ首でしょ、あ、座敷童!」


天狗

 Dさん「てんぐ!」

-そう、日本の妖怪といえば天狗。高尾山とか、山のお寺に居る。-

 Bさん「天に鳥?」

 Iさん「天に、手偏にこうやってこう書く・・・」・・・指で書いて説明してくれます。

-Iさん、こっちてきてボードに書いて。-

・・・Iさんが漢字で書きます。色々考えながら、控えめに「天狗」と正解を書きます。

-ことわざで言えば、"天狗になる"って言いますね。-


 Bさん「赤鬼、青鬼」

 Dさん「でか!これが襲ってきたら怖いな」

-"鬼に金棒"ってことわざは知ってる?鬼はただでさえとても強い。それがさらに金棒を持つんだからもっと強くなるという意味ですね。"鬼の目に"・・・"涙"。"鬼のいぬまに"・・・。"渡る世間に"・・・?-

 Dさん「鬼ばかり!」・・・皆も返答します。

-鬼には角があって、虎の毛皮を履いているけど、それははなぜか知ってる?-

 Dさん「それは、お風呂に入る時とかあるから」


十二支

・・・講師は皆と一緒に十二支を言っていきます。

-牛には角があるよね。その隣に寅がある。この牛と寅の対角をたどると、猿と犬と鳥。この猿と犬と鳥といえば?-

・・・皆考えています。

-桃太郎。桃太郎に出てきて鬼退治をするよね。この反対側に居るのが鬼。-


こなきじじい

 Dさん「こなきじじい!後ろから攻撃してつぶしていくんだよ。子どもの鳴き声を出して、肩に乗せたら一気に石になって潰す」

-そう。その通り。良く知ってるね。―

 Dさん「妖怪大好きですもん」

―昔、赤ん坊が捨てられることも多かった。人間の懺悔の気持ちも入っている-


ねずみ男

 Dさん「ねずみおとこ!屁をして臭い匂いをかがせてその間に鬼太郎を助けるんですよ」

-人間と妖怪の間に生まれたと言われてるんですよね。-


ぬらりひょん

 Dさん「ぬらりひょん!鬼太郎の敵ですから。孫と入れ替わって敵を倒す」

-悪党の親玉ですね。自分では何もしないで、命令する側。-ぬらりひょんやねずみ男のやることは、どこか人間と重なる部分がある。


唐傘おばけ

 Dさん「唐傘おばけ!いい妖怪ですよ。」


提灯お化け

 Dさん「ちょうちんおばけ!」

-傘も提灯も物ですよね。人間、特に日本人は昔から物にも魂が宿ると考えていました。だから物を大切にしなければという考えがあった。例えば、ぬいぐるみに名前をつけて大切にしている人もいますね。物を大切にする心がある。-


あかなめ

 Dさん「あかなめ!」

-水場はジメジメして汚れやすい場所。きれいにしていないと妖怪がやってくる、という戒め。妖怪って人間が心の中で作りだしたもの。-


50%幸福の7か条

-水木しげるさんが幸福の7か条というものを書いていて、それが今話題になっているんです。Bさん、読んでくれる?-

・・・Bさんがゆっくり読みます。皆も一緒になって心の中で読んでいる様子。

-この7か条、どうですか?まずは、"欲をかいてはいけない"。-

 Dさん「失敗は成功のもとって言うよ」

-そして"怠け者になりなさい"。どういうことでしょうね?-

 Dさん「怠け者か・・・。なるしかないじゃないですか。気にぶら下がって」・・・皆から笑いが出ます。

 Iさん「何だか難しいね」

-そして自分の中で好きになるものをつくる。-

・・・皆、難しさを感じながらも考えているようです。

-努力って報わるものではないって感じたことはないですか?努力しても頑張っても返ってくることは少ない。-

 Iさん「そうね。自分は裏切られたから。」

-それでも好きなことをつくって、そして休みなさい、っていうこと。自分の力とか、目に見えるものだけで動いてるわけではないということでしょうか。妖怪がどこかで見てるかもしれないってこと。-

 Bさん「難しい」

-水木しげるさんは、左腕がないんです。戦争で吹き飛ばされてしまった体験がある。だから人の3倍頑張ってきた。苦労してきたのですね。「腕が2本あったら6倍がんばれた」とも言っています。


ああ玉砕

-水木しげるさんは妖怪だけではなくて、このような絵も描いている。玉砕ってどういう意味かわかりますか?負けっていうか、全員死ぬということ。一人生き残ったら地獄の苦しみがある。何で生き残ったんだと非難される。水木さんはそんな南方の戦線に送られて左腕を失った。そういう思いをしてきて、そして40歳を過ぎてからようやく漫画が売れるようになった。色んな経験があってこそ、この言葉が出て来たのだと思います。-


生きる覚悟

-覚悟をもって生きなければ。人に裏切られたり、報われないこととか、必ずある。だからといって逃げても仕方がない。そういう時は休みなさい、って。-

 Hさん「そのとおり、そのとおり」と目を伏せます。

 Iさん「今、休んでるんだよな?」

 Hさん「うん」

 Dさん「小学生の時から覚悟はありますよ。虐められようが、馬鹿にされようが・・・。学校の先生に嫌われようが、何を言われても、生きる覚悟はもうとっくにできてます。」・・・力強い口調で発言します。


一人の人間として、大人として

-皆さんは一人の人間として、大人として振る舞いが試されますよね。あんまり頑張りすぎないで。出所したら、何とか取り返そうとしてしまうでしょう。-

 Iさん「そう。焦っちゃいますよね」

-でもゆっくりでいいです。時間をかけて一日一日を大切に。-


ねずみ男けんか腹減る

-"けんかはよせ。腹が減るぞ"。思い通りにいかないからといって、戦ってばかりは疲れる。名台詞ですよ。"喧嘩はよせ。腹が減るぞ"。」

 Dさん「いつもそう思ってきましたよ」


支離滅裂

 Dさん「なんですか?難しい」

 Bさん「離れるってことか?」

-"離、滅、裂"の3文字を見ると、ばらばら、めちゃくちゃな状態ってこと。でもこの字(⇒支)だけは支援の支。支え、支えられるという関係をね、その中で生きていってもらえれば、と思っています。-

-では最後にBさんからひと言-

 Bさん「ソフトボール大会とか運動会とかありがとうございました。左足が痛くて、水が溜まって、でも無理してしまって、迷惑をかけてすみません。言葉が悪くて、喧嘩しそうになったけど、そういうときは先生に報告して、ちゃんとそう言っておきます」


<講話を終えて>

今回はたくさんの妖怪がスライドに登場しました。次々と妖怪が映し出されていく早い展開に受講生たちは難なくついていきます。文字よりも絵の方がわかりやすいのか、水木しげるさんの描く妖怪たちに馴染みがあるのか。特にDさんは妖怪が大好きで、講師が話す間もなく、妖怪について次々と説明をしてくれます。"何と詳しいのでしょう"という驚きや豊かな知識に感心するだけではありません。嬉しそうな表情で「僕は妖怪が大好きですから!」と何度も言いながら、堂々たる説明ぶりを観ていると、Dさんの人となりが見えてくるような気がするのです。 


そして、Dさんの力強い発言は心が突き刺されるようでした。

"覚悟をもって生きなければ。人に裏切られたり、報われないこととか、必ずある。だからといって逃げても仕方がない。そういう時は休みなさい"

・・・Dさん「小学生の時から覚悟はありますよ。虐められようが、馬鹿にされようが・・・。学校の先生に嫌われようが、何を言われても、生きる覚悟はもうとっくにできてますよ。」

"けんかはよせ。腹が減るぞ"。思い通りにいかないからといって、戦ってばかりは疲れる"

・・・Dさん「いつもそう思ってきましたよ。」


繰り返しになりますが、福祉講話は1か月に2回。私は2か月に1回聴講させていただいています。当然、後部で同席。そのため受講生の表情はほとんど見えません。でも、Dさんの背中から表情が感じられ、訴えるものがありました。これらの言葉から、そう言わせるに至る過去の体験を想像させられます。それを聴きながら他の受講生も自分の体験と重ねていたのかもしれません。講話の終了後に講師から、Dさんと、そして後ろにいたHさんが涙で目を潤ませていたと聞きました。


講師の神業なのでしょうか。"妖怪"から"生きる覚悟"への展開と、Dさんから発せられた言葉は予測されていたのですか、と尋ねると、「これまでの講話の時間で、受講生皆さんを観て、話を聴いてきました。」とだけ返答いただきました。講師は、この講話の時間を大切にしていて、そして講師の受講生に対する"想い"が受講生に伝わっているということ。講師が大切に積み重ねてこられた過程の一部分を切り取って見ているにすぎません。これまで積み重ねて来られた過程、そして今後の積み重ねの中での"変化"を文章化して残しておくことができたらどんなに良いだろうと思います。



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