2015年7月28日府中刑務所 社会福祉講話
今回は2015年度第8回目の講話です。10名が受講されています。20代1名、30代2名、40代2名、50代が1名、60代が4名です。
-暑い。暑いよ、今日は。今年一番の暑さになるそうですよ。36℃超えるって。-
「ウェ~」
・・・数名が声をあげます。
-ウェ~-
「ウェ~」
・・・講師が反復すると、すかさず受講生も反復をする。そんなやりとりをして一気に雰囲気が暖かくなります。
Aさん「仙台はこんなに暑くないですよ」
-仙台は、来月は七夕だもんね。では、いつもの通り出席をとらせていただきます-
・・・講師は一人ひとりの名前を呼び、顔を見て確認していきます。受講生は全身を使っているかのように大きな声で返事をします。そして、講師は、一人ひとりに、ひと言声をかけて、受講生の発言を引き出していきます。
-笑顔がいいね-
「相変わらず元気です。」
-元気?-
「はい。」
-暑いね-
「暑いですね。」
-足は大丈夫?-
「大丈夫です。」
・・・講師と受講生が1対1で向き合う瞬間です。
1
-さて、前回から3週間空いたから、いろんなことがありました。昨日、近くで大きな事故がありましたね。-
「飛行機が落っこちた」
「うん。知っている」
「ドカーン!」
「ドッカーン!!」
-調布ってどこだか知ってる?-
「田園調布」
-その調布とは違うんだな。サッカーで味の素スタジアムってあるの知ってる?そのすぐそば。そこに調布の飛行場があってね。5人乗りとかの小さなセスナ機が大島へと飛んでいく。それがね、離陸した途端に民家に突っ込んで全焼しちゃってね。-
「へえー」
「だから、昨日ののど自慢が5分遅れたんだ」
「うわあ、やべえ」
-これも暑さのせいじゃないかって。エンジンに支障が出たんじゃないかと言われてる。-
「居眠り運転じゃないの」
-車の居眠り運転じゃなくて、飛行機で居眠りしたらは必ず死んじゃうからね。-
「亡くなった人がいるよ。3人」
「操縦士と民家の人」
-そう。民家の人は予想がつかないことだけど、でも飛行場の傍に住んでいるっていうことは可能性としてはゼロではないんだよな。ここ、府中の上も飛行機飛ぶでしょ。-
「うん、うるさい」
「立川にもあります」
-立川にも基地がある、東京にも基地があるんですね。立川、福生もあるし、朝霞にもある。神奈川の厚木も。関東地域にも結構ある。-
「地元にありますよ。自衛隊」
「航空ショー見に行った」
「行ったことない」
「地図で調べたら、これ、すぐそばなんですよね。」
-京王線で行くとね、特急で府中の次が調布ですから。すぐ近くですよ-
2
-今週はずっと、34℃35℃と、続くらしいですから。暑いので、体に気をつけてください-
「水飲みまくってますよ。」
-みんなはどう?ここでは好きなものは飲めないけど、喉が乾いたら何を飲みたい?-
「コーラ」「ビール」「ジンジャエール」「サイダー」「ファンタオレンジ」「酎ハイ」
-Dさんは?-
Dさん「今のところわかんない」
-Iさんは?-
Iさん「何でも飲みますよ、アルコールは。ビールでも焼酎でも。」
-夏はビールですか。-
Iさん「いやビールよりお酒がいいね」
-あ、そう。冷やですか?-
Iさん「お燗は飲めないから。冷やだよ。冷やだと5~7合」
-Bさんはビール派?-
Bさん「焼酎ですね。瓶で3本くらい」
-瓶で3本?それは飲み過ぎだよ。-
Bさん「いやあ、好きだから。それで失敗したけど・・・」
・・・皆さん大笑い。
-まあ、私も人のこと言えないけどね。-
Aさん「先生は飲まないんですか?酒豪ですか?」
-どうかな。お酒は好きだけど、いやあ、もう体ついていかなくなる。-
3
「隅田川の花火」
-大きい花火大会だと、長岡とか、秋田の大曲とかあるよね。 この近くだと・・・-
「ここでも聞こえるよ」
「競馬場」
-そうか。競馬場の花火があがるんだね-
「昨日もあがった」
「ドッカーン」
「雷かと思った」
-そうでしたか。-
4
「白鵬!」
「2場所ぶり」
-考えると早いよね。前回講話をやって時はまだ場所が始まってなかったのに、今回の講話ではもう優勝きまってるんだよね-
「全勝じゃないから、前より力落ちた」
-今度は誰の時代が来ると思う?-
「照ノ富士」
-他の二人の横綱はどう?-
「駄目だね」
-全員モンゴル人だね-
「日本人がもっと頑張らないと」
-Dさん、期待できる力士って?-
Dさん「いない。・・・遠藤とか」
-遠藤ね。まあ、相撲も世代交代してもらわないとね。野球は野球で、1週間見ないと順位がころころ変わるね。ヤクルトが7連勝していて驚いた。
-パリーグはソフトバンクが強すぎるからね-
「楽天は星野に監督やってもらいたい」
-星野さんはもうつかれちゃっているからね・・・-
「じゃあ長嶋」
-長嶋って一茂の方?-
「お父さんの方」
-お父さんの方はもっと年ですよ-
「じゃあ、王」
-王さんは、ここの出身-
・・・話の展開を予測していたかのように次のスライドへ移ります。
5
「出た~。早稲田」
-西東京代表が早実に決まりました。昨日の試合は知ってる?8回まで5対0だったけど、逆転勝ちしたんです。今年は甲子園大会100回目。その記念大会で始球式をするのが王さん-
「へえ~」
-王さんの出身校が早稲田実業。王さんが始球式をする大会に行かないわけにはいかないと一生懸命やっていたんです。-
6
-今は何年だっけ?-
「2015年」
「あと5年だね」
「あ、オリンピック!」
-そう。5年後の7月24日に東京オリンピックの開会式がある-
「へえ~」
「俺3●歳」
-その時、皆さんは、少なくともここにはいないはずですから。
・・・あちらこちらで話し声や笑い声の反応があります。
7
「すげえ~」
「飛行機みたい」
「8万人収容できる」
―そう。これがね、新しい国立競技場。昭和39年の東京オリンピックは知ってる?アベベって知ってますか?エチオピアの人、マラソンで2回連続金メダルをとった。裸足で走ったのはローマ大会、その次の東京ではちゃんと靴を履いて走った。それこそ、国立競技場から調布まで来て、折り返して競技場までのコースだった。その国立競技場は潰してしまって、新しく立てようとしたら、高すぎるということが問題になってる。皆、前のオリンピックってどこだったか覚えている?-
「バンクーバー」
-この前はロンドン。その前は北京。開催する国では、新しい競技場をつくる。その予算が500億円くらい。大体その位かかる。
ところがこれは2500億円。5倍もかかる。東京オリンピックはお金かけないでやるって言ったのにおかしいでしょ、ということになっている。他にも道路の整備にもお金がかかる。全部合わせて考えたらいくらかかると思う?-
「1億以上」
-この競技場一つで2500億ですよー
「そっか」「あはは」・・・笑いが出ます。
-2兆円-
「2兆円?そんなお金どこにあるの?」
「ないよ」
-そう。だから税金とか、寄付とかがないとできない。これから果たして・・・-
「成功するの?」
-オリンピックは色んな国でやるべきものでしょ。日本は何回目?-
「3回」
「あ、長野があるから4回」
-東京が2回目、札幌と長野。日本だけで4回。アメリカは8回。フランスは5回。同じ国で持ち回りでやっていて、なんだか平等にはなってない。何故なんだろう。-
「お金がかかるからだね」
「オリンピックの会長が駄目だね」
「ただで作ればいいのに。チケット代もただにしてさ。」
-ただできればいいよね。競技でゴールテープ持つ人、タイム計る人、いろんな人がいて、はじめて競技が成り立つ。だから中々ただというわけにはいかないですよね-
「じゃあどうすればいい?」
-どうすればいいでしょう・・・-
8
-世の中で騒ぎになっていること、国会の話をしましょう。安保関連法案。国会の周りでデモ行進があった。今年は戦後70年。ということは逆に言うと、70年戦争していないということ。この平和な時代がどれだけ守られるか。海外で戦争が起きているときに、日本は自衛隊が助けに行っていいのかどうか、もめておりました。日本は憲法の中で、戦争には参加しない、武器をもたないといっている。だから日本は軍隊ではなく自衛隊がある。この世の中、正しい戦争というのはないわけです。例えば、喧嘩と戦争の違いは?-
・・・受講生は講師の話を黙って聞いています。
9
-これは何て言ってるんだろうね。-
「ふざけんな!ぶっとばすぞ!」
-どっちが?-
「帽子かぶってない方」
-じゃあもう一人は?-
「うーん、怖い」
-じゃあ、ちょっと聞いてみようか。Fさんはどう?-
「やってやろうかこのやろう!」
-それは選手の方?じゃあ審判は何て?-
「そんなことしたら退場しますよ」
-私だったら・・・選手が「どこに目をつけてるんだ」、審判は「お前と同じところに目がついてるんだよ」-
・・・皆、大笑いです。
-顔を突き合わしてにらみ合う。これは戦争じゃないですよね。-
10
「猫がいがみ合ってる」
-1対1は喧嘩。戦争というのは1対1ではない。他の弱い人を巻き込んでしまう。戦争で犠牲になるのは弱者だから。関係のない人が犠牲になる。そういった意味で、戦後70年、総理が世界へ向けてどんな談話を出すか注目されています。だから戦争はやってはいけない-
11
-前回はグループで話し合いをやったでしょ。テーマはなんでしたっけ?-
「いじめ」
-そう。皆たくさん話をしてくれて、とってもすごいなと思ったんです。そう。今日もね、グループにわかれて、違うテーマで話してもらおうと思っています。テーマは・・・-
「AKB!」
12
-残念でした。今日のテーマは老後-
「え~」
「まだまだ先だし」
-では、老後はまだまだ先だと思っている人、もうちょっとだと思っている人、で話をしてもらいましょう-
・・・5名ずつ、2つのグループにわかれて、椅子の位置を動かして、向き合って話しやすい体制をつくります。そして記録係を決めて早速話し合いが始まります。
13
不安になるか、どんな不安か。その不安を少しでも減らすには何が必要か
-進め方はこの二つです。-
早速、受講生から意見が出ます。Aグループのディスカッションでは、老後の不安について、
「ない。あるとしたら病気」
「あるとすれば生活かな」
「うーん体力かな。あと何年くらいかな?・・・12年か。」
「あ。自分は気力とお金がなくなること」
「やっぱ定年退職かな。定年退職した生活の仕方は爆笑かあ。吉本でげらげら笑うかな」
などの意見が出ました。受講生なりに考えて発言をしています。病気にならない方法については、
「色々食べ過ぎないとか?」
「やっぱ健康でいたいとか、あんまり病気になりたくないね」「食べ物のバランスだね」
「人との付き合い」
「うーんないな。筋肉をつける。筋トレとか。」
「そうだな。何があるかな。えーっと、努力すること。仕事とかで真面目に定職につくとかそういうことかな」
「ちょくちょくお金を貯める。そしたら焼肉食べる」
・・・等、笑いを交えてディスカッションが進みました。15分ほどディスカッションをした後、まとめとして各グループが発表をします。まずはAグループGさんが発表します。
Gさん「最初に老後に不安はあるか。病気、体力、お金。その不安を減らすために必要なことは、健康でいられること、食べ物をバランスよく食べること、人とのつきあい方、筋力をつけること、仕事をがんばること、真面目にお金を貯めること、まとめの答えは病気にならないこと。」
・・・次いで、Bグループの発表です。「老後」はより身近なテーマです。老後の生活ばかりでなく、身寄りのない自分たちが死んだときのことまで話は進んでいました。その中でのもっとも積極的に自分の体験を語ってくれたBさんが発表してくれました。
Bさん「仕事に対しての不安。住む場所がない。生活の安定。亡くなった時、誰が見てくれるのか。無縁仏は困るから、役所の人に頼んでおく。不安を減らすためには、生活保護を受けて面倒見てもらう。自分で仕事を探す。ガス代とか切り詰める。悪い人とは付き合わない。何でかというと、お酒とかたかられて自分の生活ができないから。」
-ありがとうございました。二つのグループを見ると、こちら(Bグループ)が、より現実的に直面する問題で捉えてる。
皆真剣に考えてくれてありがとう・・・。
ではHさん。Hさんは、とても優しい人でした。私がね、凄く感激したのは、私が書き残したホワイトボードをHさんがすっと立ってきて、それを消して、「俺はこんくらいしかできないから」って言ってくれたことを覚えています。感謝してます。この人は優しい人なんだなと思いました。だから出所した後もね、優しい気持ちで人と付き合ってください。ではみんな、この前のNさんみたいにHさんにも最後に一言お願いしましょう-
「イエーイ」
・・・拍手がわきます。
Hさん「1年半位、先生のおかげで、大変勉強になりました。ほんとにお世話になりました。どうもすみません。」
・・・大きな拍手が起きます。
-すみませんってことはないですよ。Hさん、暑いから、まず体を大事にしてください。がんばってね。-
<講話を終えて>
グループに分かれてディスカッションをするという取り組みは、今回が2度目だそうです。"出された課題について話し合い、結論を出す"ことを受講生は見事に成し遂げます。
"老後"というテーマ設定、そして受講生のグルーピングの仕方に講師の意図があったかどうかはわかりません。しかし、グループメンバーの一人ひとりが自然に役割を果たし、ディスカッションが進んでいたように見えました。Fさんは確実に記録をとりながら、進行役も務める。Gさんは全員の意見を尊重し、場を盛り上げる。Iさんはグループのムードメーカー。遊びの部分があって、自然と皆のモチベーションがあがります。Jさんはその場の雰囲気を感じ取りながら、冷静に自分の意見を発言。その意見がディスカッションの内容を補っていました。Aさんも、全員の意見に耳を傾けて場を盛り上げつつ、全員が意見を発言できるように進行役の補佐をしていました。
ディスカッションの詳細なやりとりとグル―プの力動はここでは記述できませんが、一人ひとりの個性が出る、一方でグループの力も発揮されている光景に驚きました。約15分間、その途中、タイミング良く、そしてディスカッションを止めることなく自然にグループの中に入り、講師の促しがありました。講師の介入の仕方を見ると、一つのソーシャルワークグループワークともいえるかもしれません。グループワークを通して、受講生の力が引き出される。その力は、1対1の面接で把握することは難しいのだろうと感じます。
そして、今回はもう一つ印象に残る場面がありました。Hさんの"最後のひと言"をいただいた場面です。講師が、Hさんが"ホワイトボードを消してくれた"時のことを話していた時、Hさんは講師の顔を見上げて、じっと見つめながら聞いていました。少し驚いたような表情で、その目は潤んでいました。自分のことをこんな風にみてくれていたのだという感覚があったのかもしれません。単に講師の支持的な関わりではなく、1年半という期間の中の、講話の時間で築かれたHさんと講師の関係性とお互いの思いの深さは、私には想像しがたいものなのかもしれません。