2015年6月8日府中刑務所 社会福祉講話
今回は14名が受講されています。年齢は20歳代1名、30歳代3名、40歳代1名、50歳代4名、60歳代5名。5名が療育手帳をお持ちです。社会福祉講話は毎月2回行われており、今回は2015年度第5回目の講話です。
日付
-蒸し暑いですね。元気ですか?-
-前回、出欠をとったら、皆さん元気よく返事をしてくれて、いいなあと感じたので、今回も出席をとりましょう。-
・・・講師は一人ひとりの名前を呼び、顔を見て確認していきます。
-Aさん-
「はい!」・・・右手を挙げて大きくはっきりとした口調で返事をします。
「いいね~」「お~」・・・他の受講生が返事の仕方を褒めると、場の雰囲気が一気に和んでいきます。
梅雨
-もうすぐ、1年も半分。そしてもうすぐ梅雨ですね。-
-梅雨入りは、どこが判断するのでしたかね。-
「気象庁」
-そう、気象庁。東京は、未だ梅雨入りはしていないようです。-
・・・受講生は頷きながら聞いています。
アジサイ
-きれいな青でしょ。昨日近所に咲いていたので写真を撮ってきました。-
「いいね~」
-紫陽花は他に何色があるかな?-
「白」「ピンク」
-最近、白い紫陽花を良く見かけますね。皆さんは小学生の頃、酸とアルカリって習ったでしょ。紫陽花の色は、その花が咲いている場所の土の養分が、酸性かアルカリ性かで色が変わるんですって。知っていました?-
神輿
「祭りに行きたい」「やりたい」「担ぎたい」・・・スライドを見るや否や受講生が次々と発言します。
-6月は祭りが多い時期です。町を守ってくれる神社が各地域にあって、そこで例大祭という祭りがある。府中でいえば大國魂神社。新宿では花園神社があります。-
-皆さんはお神輿を担いだことはある?-
・・・数人が手を挙げます。そして講師は手を挙げた人全員に聞いていきます。
Bさん「公民館のお祭りです。」
Cさん「仙台の七夕まつり。地元だから。」
-日本三大祭りのひとつですよね-
・・・Cさんは嬉しそうな表情を見せます。
Dさん「団地の。」
Eさん「地元の方で。」
Fさん「みや祭、宇都宮の。神輿も・・・。」
-神輿に担がれた?-
「担がれたんじゃなくて、担いだよ。半被着て。」・・・受講生が笑います。
Gさん「神輿は知ってるよ。見てるだけ。祭りは大好き。」
-刑務所の作業でもこの神輿を作っているんです。知っていますか?
「・・・」・・・だれも知らない様子です。
-富山と千葉刑務所です。立派な神輿で、1000万円以上もするそうです。-
「すげえ~」・・・受講生はどよめきます。
噴火
-これは何だかわかる?-
「噴火」
-どこでしょう?-
「どこだっけな~」「沖縄」「鹿児島」「桜島」「富士山」
-富士山?だったら今頃大変でしょう。-
Fさん「ハエが飛んでくる」
-ハエ?灰でしょ?-
・・・受講生は大笑いです。
-最近、地震もありましたね。-
「あった」「先週」
-昨年の噴火のこと、覚えていますか?-
「長野」「御嶽山」
-そう、御嶽山が噴火しましたよね。人間の力ではどうにもならないことがある。-
チャイニーズ船
-これは知っていますか?-
「・・・」
-中国の旅客船が沈没した事件です。事故と事件は違います。人が関わって起こることは事件。この船に荷物を沢山積み過ぎて沈没。400人以上もの人が亡くなった事態の中、船長は助かった事件。
-「頭、おかしいな」
-この2週間の間、いろんな事件がありました。-
年金
-どういうニュースかわかりますか?-
「・・・」
-今、年金の情報はコンピューターが管理していますが、5万人分の情報が盗られてしまったんです。怖いことです。どうしてかわかる?-「個人情報」「漏洩」
-どうして怖いことなんだと思う?-
「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」「結婚詐欺」
-その詐欺って、住民片っ端から電話をかけているわけではないんですよ。この家は一人暮らしだ、この家はお金がありそうだ、ということが前もってわかっている。家族構成もわかっているから、"母ちゃん、オレオレ"って言う。普通はわからないこと。でもそういう情報を売りさばく人がいるんです。世の中には悪い人が居る。-
「もっと悪いやついるよ、お金を勝手に使ったり」
-皆さんは、刑務所に入っていたことを知られたら嫌ではないですか?-
「嫌だ」・・・受講生は即答します。
-はい、そうですよね。-
-便利なものは、その使い方によって良いことになる、一方で悪いことにもなる。-
石川啄木
-この人知っていますか?-
「石川啄木」「歌人」・・・数名の受講生が手を挙げます。
-今から103年前に亡くなったんです。-
「すげ~」
-何歳で亡くなったのでしょう?-
「26歳」・・・Jさんは、スライドにある年号を見て計算し、返答します。
-Jさんは計算が速いですね。-
「計算だけはね」・・・Jさんは誇らしげです。
-石川啄木は26歳で亡くなった。皆より早く亡くなっている。彼は肺結核で亡くなりました。-
一握の砂
-読んでみてください。-
・・・講師は受講生と一緒に音読します。"猶"を"ねこ"、"たぬき"と読んでしまう一幕もありながら、講師が"なお"と読んで先に進めます。
-みんな、こんな思いをしたことはないですか?-
「ありません」「あります」
-今、生活保護を受給している人は200万人以上います。頑張ってもなかなかうまくいかないことってあるよね。-
サルと人と森
-石川啄木は歌人ですが、実は童話も書いているんです。先ほど皆さんに手を描いてもらったから、お返しに私がこの童話を読みたいと思います。-
・・・講師は受講生の様子をみながら童話を音読します。このお話は石川啄木のエッセー「一握の砂」の一部「林中の譚」をやさしく表現し直した絵本です。ストーリーは、森に住むサルと人間の対話です。森に住むサルは、人間が木を倒し、山を削り、川を埋めて平らな道路を造ってきたと自然破壊を憂え、その道は天国ではなく"地獄の門に行く"と警鐘を鳴らす。現代の文明批評ともいえる内容になっています。以下はその一部分です。
林の中へひとりの人が入って行きました。
高い木の枝にいる一匹のサルが人に問いかけました。
おれたちは人間の祖先なのに、
どうして人間たちはサルをばかにするのだろう。
それに人が答えました。
おれたち人間は、サルと違って頭がいいんだ。
若し、人間がサルの子孫だとしたなら、
どうして人間から大英雄が現われただろうか。
サルが言いました。
人間はなんてかわいそうな生き物なんだろう。
人間はすでに過去を忘れてしまったのだな。
今ここにこうして生きているのは、
おれたちと同じ祖先がいたからではないか。
過去を忘れた者には未来はないだろう。
今がいちばん素晴らしく、
人間がいちばん賢いと思い上がっていると、
これからの人間には進歩も、幸せもないだろう。
かわいそうな人間たちだ。
人間滅亡のときが近いうちにやって来るだろう。
※引用/
http://blog.livedoor.jp/yasumasasugawara/archives/1932301.html
なお、下記アドレスで絵本の音読を聴くことができます。
http://office.moribito.info/book_ishikawa.html
-このお話はどうでしたか?-
「・・・」・・・受講生は黙っています。講師は数名の受講生に声をかけると、受講生なりの言葉が返ってきます。
Eさん「いい話ですね」
Gさん「人間のおろかさがよくわかります」
Jさん「難しいですね~」
-前半で事件の話や、天変地異の話、年金の話をしましたね。この石川啄木は100年も前に、24歳の時に、この話を書いているんです。文明だけに頼っていたら、いつかしっぺ返しがきます・・・と。-
Kさん「人間もサルも平等で生きていかないと」
・・・Kさんは、ずっと考えていたのか、感じたことを発言します。
-人間がすべて壊しているんですよね。でも壊す力、それだけの力があるなら、平和をつくることもできる。そんな風にも考えられませんか?-
Dさん「戦争か平和かを選ぶなら、平和がいい」
-先ほどの中国の旅客船、荷物を沢山載せた方が得だろうと考えてしたことが犠牲をもたらす。年金の情報、手作業よりもコンピューターで管理する方が、効率がいいだろうと考えてしたことで、情報を盗む奴が出てきた。このことは、色んな意味で教訓が入っている。-
Dさん「戦わなければ、何の意味もないと思う」
Lさん「売られた喧嘩は買うしかないよ」
Dさん「戦争になっちゃったら・・・話し合うしかない」
Lさん「話し合って駄目だったら?」
Dさん「・・・逃げるしかない」
Bさん「力でねじ伏せるしかないんだよ」
・・・受講生同士のやりとりが進みます。講師はその様子を黙って見守りながら、受講生に問いかけます。
-逃げることって卑怯だと思いますか?-
Dさん「戦わないと負けちゃうけど」
Bさん「逃げるが勝ちってことわざがあるね」
Fさん「お互いが協力すればいい」
-戦いを続けると負ける人が出てくる。人間は色んな動物を絶滅させてきましたよね。例えば、日本オオカミは絶滅してしまいました。そして、人間同士でも同じようなことが行われてきた。力に頼って相手を攻撃してきた・・・。でも例えばそこに大きな軍艦がきたら、終わりですよ。だとしたら協力し合えるものがあればその方が良いでしょう・・・と100年前にメッセージを残していた人が居たのです。-
<講話を終えて>
講話の後半、受講生同士の積極的な議論とでもいうべきか、そのやりとりの様子は圧巻でした。さると人と森のお話を受講生一人ひとりがその人なりに咀嚼して何かを感じ、考え、想っていたようです。戦争、喧嘩、勝ち負け・・・について、それぞれの思いが込められた発言でした。それぞれの受講生は単に童話の内容だけではなく、一体何を想像しながら発言していたのだろうと考えていました。
実は、前回の第4回講話では、障害者の権利について話をされたそうです。そこでは、受講生が過去の虐められた体験を吐露したと伺いました。もしかしたら前回の講話と繋がっていたのかもしれません。そうだとしたら、2週間に1回の講話がどれほど受講生に響いているのかということを改めて感じます。
そして、自分の思いを自由に言葉にして表現している様子を垣間見ることができるのは、受講生14人が同じ空間を共有している場であるからではないかと感じます。そこに14人居るからこそ、個性が出るのではないでしょうか。構造化された1対1での面接では見ることができないだろうと思います。
講話の時間は、刑務所の中にあって、受刑者が自分をさらけ出して話をできる場になっているようです。彼らにとって意味のある時間となっていることは言うまでもありません。講師は、その"場"を作ることを許していただける府中刑務所に感謝しながら講話に取り組まれているそうです。