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府中刑務所における障がい者対象「社会福祉講話」(15)

2015年4月6日府中刑務所 社会福祉講話


今回は13名が受講されています。年齢は30歳代2名、40歳代1名、50歳代4名、60歳代6名。4名が療育手帳をお持ちです。新年度第1回目の講話、新しいスタートです。


-では、はじめましょうか。

・・・講師は、今日ここへ来る途中、新しいランドセルを背負った子どもが、親と一緒に入学式に向かっている姿を見かけていました。


-4月に入ると色んなことが変わるよね。今日は入学式だという小学校もありますよ。小学校の頃のこと覚えてますか?

「60年も前だね~」

「そうそう」・・・数名から笑い声があがります。


-Aさん、小学校の時のこと覚えてる?

「変わんないというか、悪いことばっかりしてた。」

「後楽園に一人で行って、帰れなくなった」


-それは、ただの迷子だよ。

「でも、小学校の時からずっと家出してた」

-小学生の時から家出をしていたの?そう。


-Bさんは覚えてる?

「・・・」


-Bさん、今日で最後だね

・・・Bさんは4月に出所する受講生です。講師はBさんに優しい口調で話しかけます。


-今日の最後に何か話したいことはないですか?あれば話して構わないですよ

「・・・」・・・Bさんは遠慮がちに首を横に振り、うつむきます。


―Bさん照れ屋だからね

・・・Bさんは頷きます。そして講師はプロ野球の話、次いで選抜高校野球の話を受講生に投げかけます。


-Aさん、西武勝ってるね

・・・講師は西武ファンであるAさんに声をかけます。

「今年、西武は優勝!!」・・・Aさんは両手を挙げながら西武の話を続けます。


-選抜高校野球。今年は北陸の高校が初優勝したよね、福井県の高校。Cさん知ってる?

・・・講師は北陸の出身Cさんに声をかけます。

「福井ですね」


-敦賀気比高校。2打席連続ホームランを打ったよね。

「そうそう」・・・Cさんも、そして他の受講生も頷きます。


-それから、フランスで大きな飛行機事故が起きたのは知ってますか?

「・・・」

・・・講師は事故の概要を説明します。


-人の命を守る仕事は沢山あるけれど。パイロットが150人もの人を道連れにして。日本人も2人乗っていました。ホテルニュージャパンの火事は知ってるかな?大韓航空の事故もあったよね。命が軽く扱われることがある。

・・・受講生は頷きながら聞いています。


-今日も皆に見てもらいたい写真を準備してきたんだけどね。Bさんの好きな猫の写真も。時間に余裕があれば写真を見れるかもしれません・・・。


ここで、講師は白板に"仕事"と書きます。

仕事

-さて、今日みんなに考えてもらおうと思っていたこと。仕事って何だろうと考える人はあまりいないけどね。


-今までどんな仕事をしてきたのでしょう?

・・・講師は受講生一人ひとりに聞いていきます。


  「土木。あとは、焼き物、皿を作ったり。」

-焼き物、凄いよね

  「真面目だけが取り柄だから」・・・受講生の中から笑い声が上がります。


  「うどん屋、喫茶店」「建築関係とペンキ屋」「左官屋」「マッサージ」

-Eさんマッサージの免許もってるの?

  「勝手にやってた。」


-他には?

  「いたずら!」・・・Eさんも受講生たちも大笑い。

  「色々やったよ」


-いちばん長く働いたのは何?

  「交通誘導かな」「物干し竿を売ってた」

-物干し竿…売れた?

  「売れませんでした(笑い)」

  「調理と車の部品をつくってた」

-調理師免許はとったの?

  「いや」・・・と首を横に振ります。

  「中卒で年季奉公。25年くらい左官屋」「お菓子屋の見習い」「印刷、経理。免許も取ったけど飽きちゃってね」「パン屋、施設に入って色々」


-いろんな仕事をやってきたね。みんな仕事がなかなか続かないね。


ここで、スライドが映し出されます。受講生は映し出された映像に気が向いている様子。


-これはどこかわかる?

  「・・・」


-これは横浜。

-じゃあ、これはどこかわかる?

  「・・・」

-目黒川。


-これは?

  「富士山」

-富士山ではないんですね。青森にある岩木山。そして、弘前城。

  「あの、すみません。あれは山桜ではないですか?」

・・Eさんが手を挙げて発言します。


-Eさん、よく見てるね。

-みなさんの故郷の桜の名所は?

  「・・・」


サクラねこ

-Bさんに見せようと思って持ってきた写真です。

・・・Bさんは頷きながら笑みを浮かべて黙って見ています。


仕事

-皆さんは色んな仕事をしてきたじゃないですか。その"仕事"って他にどんな言い方をする?

  「社会」

  「・・・」


-労働とか勤労とかっていうよね。あなたの仕事は何ですか?職業は何ですか?って聞かれたら・・・?泥棒という仕事は社会が認めないです。

・・・受講生の数人から笑い声が聞こえます。


-では、働くのはだれのため?

「自分のため」・・・はっきりとした返答があります。他の受講生も頷いています。


-自分のためだと思ってる人は?

・・・受講生のほとんどが手を挙げます。


-自分のため・・・それだけでいい?働く(はたらく)とは、傍(はた)を楽(らく)にさせるという風に読めるよね。人のため、社会のためにならないと仕事と呼べない。面接で話をすると、どんなに年をとっていても、出所したら働きたい、仕事したい、とほとんどの人が言います。


-例えばね、調理の仕事。料理して相手に食べてもらうと、相手が喜んでくれる。

  「おいしかったと言われると自信がもてる」


-そう。例えば建築の仕事。家を建てる、その家に人が住んでもらう。


-だからギャンブルは仕事じゃない。みんなは、何か人のためにやってきたことある?

  「・・・」

  「給食を持っていくとご苦労様って言ってくれる」


-そう。自分のやってることがだれかの役に立ってると思えることって大切。


-生活保護費をもらうだけだと空しくないですか?

  「ただもらうだけでなくて、とんずらこいちゃったもんね」


-なかなか続かない。続けないとわからないこともある。そのひとつは人間関係。信頼は1日でできるものではない。2~3年かけてできるもの。


-幸せとか不幸せって突然始まるものではない。もちろん予期せぬ事故が起こることもあるけど。例えば、戦争って突然始まるものではない。じわじわと、いろんなことがたび重なって起きる。それって人間関係と同じ。嫌なことがひとつふたつ重なってつくられていく。


-"とんずら"したのも、最初からそう思ってたわけじゃないでしょ?じわじわとおこる犯罪。同時に幸せも、じわじわと・・・


-Fさん、いい顔してろくろ回してるもんね。出たらどんな仕事したいと思う?

  「・・・」

  「ボーリング。まず杭を打ち込んで、深く掘っていくんです」・・・Gさんが答えます。

-ボーリング?

  「井戸掘りだよ。」・・・Gさんの後ろに座っていたHさんが教えてくれます。

-ボーリングって聞いてスポーツのボウリングを想像してしまいました。


-他には?どんな仕事したい?

  「考えてない・・・まだ出るのは先だもん」

  「・・・」


-考えようよ。自分の夢。食うため、ただ食うために、となると稼ぐ方法はどうするかと考える。そして楽な方へと考えてしまう。


-Jさんは調理の仕事する?

  「やらない」

-そうなんですか。

  「10年やって裏切ってしまったから」・・・Jさんはつぶやくように答えます。すると、すぐさまJさんの隣に座っているEさんが、ここぞとばかりに返答します。


  「いたずら!」・・・受講生から笑い声。そして前列のAさんは後ろを振り向き、Eさんに向かって

  「仕事しないの?」・・・受講生からは、さらに笑い声。


-こうしたいということはない?仕事は生活するためです。この"生活"とは、生きることを活かすと書く。生きてることを活かす。ただ食うだけでなく、いい生活をしてください。いいことを考えていきましょうよ。私は、みんなに会えることが楽しみです。みんなが好きですから。Bさん、出たら(出所したら)、ねこを可愛がってあげてください。


講話を終えて


新年度第1回目、桜が咲いている暖かな日、Bさんが講話を聴く最後の日・・・いろいろなことの重なりがそうさせたのか、今日は受講者たちの自由な空間を体験させていただきました。もちろん講師がその空間を創り出していることは言うまでもありません。


刑務所という場所の中で、この講話の瞬間は異質だと見られるだろうと感じるほどの空気感です。講師は受講生全体に投げかけながら、かつ受講生の傍に近づいて個別に名前を呼んで声をかけていきます。それは、講師の凄味を見せつけられるほどに意図的です。西武ファンのAさん、4月出所のBさん、賭け事の好きなDさん、北陸地方出身のCさん・・・という風に。


そして、今日の"仕事"というテーマも意図的だったのでしょうか。誰のために働くのかという問いかけに、ほとんどの受講生が「自分のため」に働くと答えています。「自分のため」、それだけでは、例えば、頑張っていても、うまくいかないとき、働くことを「自分でやめてしまう」決断をしてしまいやすいのかもしれません。そこには他者という存在がないこととつながりがある。


つまり、"誰か"がいないから諦めてしまう。「生きていることを活かすこと」を諦めてしまうのです。支援者は、その"誰か"になることが求められているのではないかと思います。そして、それは決して目的ではなく、あくまで結果であること。そうでなければ対象者の重荷になってしまうこともありうるからです。


支援のプロセスの中で、「ここまでやってくれる人がいるんだ」と対象者が自然に思えること、それが支援の要ではないか・・・、そんなことを考えさせられる講話です。


例えば、帰住先を考える時、単に食べて寝ることができるだけでなく、帰りたいと思う居場所を見つけること、ここで暮らしていきたいと思えること・・・、そんなひとつひとつの営みが対象者に伝わり、支援者はやがて、"大切な他者"になりえるのだと思います。こうして、「ここまでやってきて間違ってなかった」という感覚が両者に浸み込んでいくのだという講師のメッセージを受けとります。

 



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